北米での寿司ネタのスペシャリストが語る「圧倒的な信頼のある日本の水産物、もっとアドバンテージを生かせたら」

北米での寿司ネタのスペシャリストが語る「圧倒的な信頼のある日本の水産物、もっとアドバンテージを生かせたら」

カルナリー・コラボレーションズLLC(Culinary Collaborations LLC、以下CCL)は、寿司と水産物に関する専門知識と経験をベースに、北米市場へ向けた商品開発、輸入、流通、卸売りを行い、クライアントの食品プログラム開発を支援しています。日本の水産物を北米の市場につないできた現場から、同社のマイケル・マクニコラス氏にその体験と思いを聞きました。

 

Michael McNicholas(マイケル・マクニコラス)
アイルランド出身、ニューヨーク州在住。日本の商社、鮮魚小売・卸売企業を経て、2016年にCCLを創立。北米でテイクアウト寿司を提供する企業を主な顧客に、安全で持続可能な最上品質の食材を提供する。同社が初めてアメリカに本格導入した超低温冷凍マグロは、現在では全米2,000を越える小売店・飲食店に展開。他にも米国の地元漁業者に日本の漁法や加工法を紹介するなど、寿司や刺身の食文化のローカライズに尽力。

 

北米における寿司食材のスペシャリストとして

――まず、CCLについてお聞かせいただけますか?

CCLの目標は、食を通じて社会を豊かにすること──具体的に言えば、北米のテイクアウト寿司のレベルを上げることです。マグロ、ハマチ、カンパチ、サーモン、エビなどの寿司ネタから、米、寿司酢、海苔も扱います。

食材はどれも最上級を探し、必要に応じて条件に合う商品を企画します。主な仕入れ元は日本ですが、海苔ひとつでもクライアントに合わせて、オリジナルの商品を作ってもらうこともあります。食材だけでなく、パッケージや、寿司ロボットのメーカーと仕事をすることもあります。

――単に食材を調達するだけではないんですね。

北米のクライアントと、日本の製品、設備、手法、製造の間をつなぐのが私たちの役目です。日本のものを理解した上で、北米向けにローカライズします。

最大のクライアントは、スーパーマーケットの大手チェーン、ウェグマンズ(Wegmans)です。寿司の提供に関して、彼らの運用しているプログラムはすばらしいものです。私たちは最高品質、かつサステナブルで、責任ある調達による食材を提供することで、そこに貢献しています。その他の顧客としては、レストランのチェーンや、FMSC企業*もあります。

*FMSC(Food Service Management Company)は、大学の学生食堂などの大規模施設に食関連のサービスを提供する。代表的な企業にSodexo、Aramarkなどがある

アメリカでは食品安全性について厳しい基準が浸透しています。CCLでも徹底して安全性にこだわり、マグロもエビも、養殖にもその後の処理にも薬品を使っていないものばかりです。抗生物質を使う養殖業者とは取引しません。コメなどの農産物は徹底が難しいところもありますが、なるべく農薬や化学肥料の少ないものを使っています。

このためもあって、私たちは大手の顧客との取引にフォーカスしています。というのも食品の安全性を保証するには、スタッフの研修にも認証にも、お金がかかるからです。また大企業の顧客と小規模経営のレストランなどが相手の場合とでは、求められるスキルセットが違います。

大きい組織には複雑な関係性があり、多くの立場の人が判断に関わります。私たちはクライアントの業務に深く入り込み、コンサルティングから情報収集、ソリューションの提案、製品開発まで、必要なものは何でも提供します。こうした業務は、仕事の中で大きな割合を占めています。

 

スーパーマーケットの寿司に、レストラン品質の、最上級かつ安全・持続可能・社会的責任に配慮した食材を提供する。魚だけでなく米、寿司酢、海苔、寿司用のパッケージも扱う(CCLの会社紹介スライドより)

 

アメリカ市場でサステナブルへの転換が起きたわけ

大きな組織がまず何より重視するのは、リスクマネジメントです。食品についてはまず安全性、次にサステナビリティ。そして、それらを保証するのがトレーサビリティです。

――そもそもアメリカの食品業界で、安全性、サステナビリティ、トレーサビリティがここまで問われるようになったのは、何かきっかけがあったのですか?

少し複雑な話になりますが……大企業を動かした直接のきっかけは「恐怖」だったと私は思います。

ここ20年ほど、アメリカではNGOの動きが活発になっています。中にはご存知のように、かなり強硬な手法をとるものもあり、彼らのやり方に全面的に賛同はしかねますが、ネット社会で彼らの発信力は高まっています。NGOだけでなく、環境問題に取り組む財団などを含め、社会の中でさまざまな団体が続けてきた活動が、社会の現状に貢献していることは事実です。

そして、たとえば全国チェーンのスーパーマーケットの経営者にとって一番怖いのは、強硬派NGOの標的になることです。彼らは全米のスーパーマーケットが扱う水産物を評価したランキングを発表していますが、これも毎回大きな話題になり、企業もバイヤーも気にかけてきました。

しかし大企業の側も、サステナビリティに取り組むようになると、だんだんとこの考え方を吸収し、自社としての評価指標に組み込んでいきました。

――IRレポートやアニュアルレポートのトピックになる、ということですか?

そのとおりです。そして有名企業が「10年先には扱う水産物のすべてをサステナブルにする」と公表すれば、それは社会的な発信になり、他社にも連鎖して反応が進みます。そこが、単純ではないというところです。

個人的には、これはすばらしい進歩だと思っています。私の子どもたちはミレニアル世代で、小さい頃からよく「パパ、僕たちが地球を滅亡させるかもしれないって知ってる?」と聞かれました。今なら「未来の世代に残せるようにがんばっているんだ」と答えることができるのは、嬉しいことです。

 

CCLが協力している大手スーパーマーケットチェーン、ウェグマンズの寿司販売コーナー

 

腰をすえたつきあいで、相手と共に歩む

――子どもたちに胸を張れる社会の動きと、お仕事がリンクしているのは嬉しいですね。

ただ、これには時間がかかります。たとえば大西洋クロマグロの資源状況は、2011年の時点では絶望的でした。大西洋まぐろ類保存国際委員会(International Commission for the Conservation of Atlantic Tunas、ICCAT)が大幅な改革を行い、2022年までに資源を回復する計画を施行しました。

同じ頃、私たちは宮城県を拠点とする老舗の漁業者、臼福本店*が大西洋のクロマグロ漁業でMSC認証を取得する取り組みを応援していました。臼福本店のマグロは現在、世界で唯一のMSC認証を取得した超低温冷凍マグロです。彼らが2020年に認証を取る前からつきあいがありましたが、今ではたぶん日本国外の顧客としては私たちが最も大量に買っていると思います。これからも買い続け、また新たな顧客にも紹介することで、認証の維持を支援していくつもりです。

調達したい生産者が、最初からサステナブルの認証や推進プログラムを持っているとは限りません。それでも私たちは取引を続けることで、ゆっくりと変化を起こせればと考えます。長く取引が続き、購入量も増えれば、相手もこちらを信頼して、リクエストを聞いてくれることがあります。切り身の形やパックのしかただけでなく、MSCASCの認証を取得できたらもっと購入できる、と伝えることもできます。

まず、買い手として信頼されるところからはじめる。日本の生産者とは、このつきあい方がいちばんうまくいくように感じています。

*臼福本店によるタイセイヨウクロマグロ漁のMSC取得について詳しくは、こちら

臼福本店のMSC認証取得後、CCLは同社のマグロを大量に仕入れている。写真は臼福本店の超低温冷凍マグロ(写真提供・臼福本店)

 

後編では、食品安全性、サステナビリティ、社会的責任のある調達を確立するために不可欠な、非競争プラットフォームの役割について、また自身の個人的な体験を交えて、日本の水産業界への要望を語っていただきます。

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取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。