健全な海、持続可能な水産業のためにできること3

健全な海、持続可能な水産業のためにできること3

2021年には自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が発足。気候変動同様、いよいよ生物多様性への取り組みの社会的要求が加速しはじめた。この世界的潮流は当然水産分野にも当てはまる。

今後どう取り組みをすすめていくべきか。国際連合事務総長海洋特使として、海洋資源の保全と持続可能な利用を目指す国連持続可能な開発目標(SDGs)14へのグローバルな支援を推進​​するピーター・トムソン大使の言葉から紐解きたい。

(本テキストは、東京サステナブルシーフード・サミット2021にて行われた、同氏による講演「気候変動と生物多様性を踏まえたブルー・エコノミーの行き先​​」より一部抜粋、再編集しています)

 

海は傷ついている

国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書について、国連事務総長はこの状況を「人類に対する厳戒警報」と表現した。IPCCの2018年報告書によると、1.5度の気温上昇で75-90%の熱帯サンゴが消滅、2度では事実上全て失われるという。また、世界気象機関(WMO)は今後5年間で 1.5度の上昇が確認される年が発生する確率は40%、今世紀末、つまり愛する孫たちの寿命が尽きる前には3度をはるかに超えると予測している。

この結論をどう受け止めるかについてはご自身で答えを出していただきたいが、私には地球が燃えているように思える。

健全な海なくして健全な地球なし。海の健全性は低下している。史上最速で酸性化しており、海面は着実に上昇し、低地をおびやかしている。海洋汚染のレベルも上昇しており、プラスチックの増加は私たちの自然の扱いが悪化していることを象徴している。生態系の破壊も横行し、有害な漁法が続けられている。

この状況に対し、私たち世代の最大の課題は衰退に歯止めをかけ、海の健全性を取り戻すことだ。

今行動すれば健全な海は取り戻せる

海洋特使として4年間活動してきた結果、これまで生じた被害の多くを回復することができるということがわかった。そこで、水産分野で私たちができることをいくつか紹介したい。

①有害な漁業補助金に終止符を打つ

まず、過剰漁業やIUU(違法・無報告・無規制)漁業につながる有害な漁業補助金に終止符を打つことは2021年12月初めに開催される世界貿易機関(WTO)閣僚会議の権限の範囲内だ。そうすることでSDGs14.6*1の目標を達成することができ、沿岸の生態系や小規模な零細漁業者が補助金の主な受益者である産業漁船団から必要な救済を受けることができる。WTOは別の惑星に存在しているわけではない。 WTO貿易交渉担当者がすべての政府を代表しており、私達は全員SDGs14に合意している。今こそ仕事を成し遂げる時だ。

②海洋保護区の設定

二つ目は海洋保護区の設定だ。海洋保護区は健全な海洋生物の成長、沿岸生態系の保全に不可欠であることが科学的に証明されている。SDGs14.5の2020年までに沿岸:海洋エリアの10%を保存するという目標に続き、2022年に中国で開催される国連生物多様性条約第15回締約国会議では、2030年までに海洋の30%を保護するという目標が採択されることが期待されている。

③IUU(違法・無報告・無規制)漁業の撲滅

三つ目はSDGs14.4の目標である、IUU漁業の撲滅だ。IUU漁業は持続可能な開発に対する世界的な根強い脅威であり、FAOは2019年にアジア太平洋地域だけでもこれらの活動によって56 億米ドルの損失が発生していると報告している。

そこで重要になるのが、FAOの違法漁業防止寄港国措置協定(以下、PSMA)に多くの国が参加することだ。2016年に発効したPSMAはIUU漁業に従事する船舶が漁獲物の陸揚げのために港を利用することを防ぐことで IUU漁業を防止する、世界で初めての拘束力のある国際協定だ。PSMAによって、乱獲や破壊的な漁業をやめさせ、IUU漁業に歯止めをかけるために多くの国がさらなる決意を示すことができる。

私たちは魚の積み替えや水揚げが行われている港での強力な帰国措置の実施を積極的に支援し、またコロナの流行期間中に保全管理措置を停止した地域漁業管理機関に対して安全が確認され次第、その措置を再開するよう促すべきだ。

日本では持続可能で責任ある水産物の消費が大きく進展している。日本政府がPSMAに加盟(2017年)していること、最近の漁業法の改正、 IUU漁業による製品の輸入を禁止したこと(水産流通適正化法の制定)を賞賛したい。世界第2位の水産物輸入国である日本においてこの進展は非常に重要だ。

新たなコミットメントの策定を

2022年6月にはリスボンで第2回国連海洋会議が開催される。2017年にニューヨークで開催された第1回国連海洋会議では約1,500の自主的なコミットメントが出された。そして今、第2回国連海洋会議に向けて新たな自主的なコミットメントを行うよう呼びかけが行われている。水産業界の皆様におかれてはご自身の活動する海を対象としたSDGs14の目標達成を支援するために、新たなコミットメントの提出を積極的に検討されることをおすすめしたい。

コミットメントの提出はこちら(英語のみ)

トムソン大使の言葉からは、健全な海あってこその水産業であり、海洋生態系は厳しい状況にあるものの、私たちにできることは確実にあるという強いメッセージがうかがえる。「健全な海」を取り戻していくために、それぞれの組織でどう行動を起こしていくべきか、またいかにして国境を超えて協力しあうべきかを考えるヒントになるのではないだろうか。

 

*1 2020年までに、開発途上国および後発開発途上国に対する適切かつ効果的な、差異のある特別な待遇がWTO漁業補助金交渉*の不可分の要素であるべきことを認識したうえで、過剰生産や乱獲につながる漁業補助金を禁止し、IUUにつながる補助金を撤廃し、同様の新たな補助金の導入を抑制する。
*現在行われているWTO交渉およびWTOドーハ開発アジェンダ、ならびに香港閣僚宣言を考慮