世界的トップシェフが語る、水産業の未来とシェフのあるべき姿(前編)

世界的トップシェフが語る、水産業の未来とシェフのあるべき姿(前編)

2011年にフランスにて、海洋水産資源の保護を目的に創設された「オリヴィエ・ローランジェ国際料理コンクール」。2022年12月3日、日本では初となる大会が北海道室蘭市で開催されました。コンクールの開催にあたり、フランスよりオリヴィエ・ローランジェ氏が来日。世界的なトップシェフであり、海におけるサステナビリティを追求し続ける同氏に、コンクールに込めた思い、フランスの食における風潮などをお話いただきました。

 

OLIVIER ROELLINGER(オリヴィエ・ローランジェ)
1955年、フランス・ブルターニュ地方にある小さな港町、カンカルで生まれる。24歳の時、料理の道を志し、独学で料理を習得。1982年にカンカルでレストラン「メゾン・ド・ブリクール」をオープンし、2006年、「ミシュラン」三ツ星を獲得する。トップシェフとして活躍する傍ら、1989年、500軒以上の一流ホテルやレストランで構成された、世界的な非営利会員組織「ルレ・エ・シャトー」に加盟。2014年〜2022年まで副会長を務める。早くよりサステナブル・シーフードや持続可能性の大切さを唱え、レストラン業界などに影響をもたらしてきた、パイオニア的存在。

 

漁業の問題を解決する第一歩は、学ぶこと

――今回の「オリヴィエ・ローランジェ国際料理コンクール」はいかがでしたか?

実り多い素晴らしいコンクールになり、とてもうれしく思っています。

コンクールに参加した学生たちは、非常に意識が高く、水産物を取り巻くさまざまな問題をきちんと把握していました。また、そうした問題に対する危機感を強く抱いていました。日頃、水産業における問題について先生から教わるだけでなく、自ら学んだり調べたりしているのでしょう。世界のいろいろな国でこのコンクールを実施していますが、彼らのように、水産業における問題についてよく知っており、危機感を抱いている学生に出会うことは少ないので、とても驚きましたし、感動しました。

また、彼らは、プロフェッショナルな基準や方法のもと、食材のセレクトと調理を行っていました。料理の経験が浅い若者は、既存のレシピを真似るようなかたちで、食材や調味料を選んでしまいがちです。しかし、彼らは海の問題を踏まえたうえで、慎重に食材を選び、オリジナリティのある料理を生み出していました。

また、学生たちにとっても、コンテストは実りあるものとなったはず。コンテストに参加した学生のなかには、「水産業にまつわる問題を知ってはいるけれど、そうした問題をどうすれば解決できるのか分からない」と話す人もいました。おそらくコンテストに参加した学生は皆、同じような思いを抱いているでしょう。

しかし、今回のようなコンテストに参加し、調理し、そして学ぶことこそ、問題を解決する第一歩になります。学生たちもこれこそ、問題を解決に導くきっかけになると知ったはずです。

 

オリヴィエ・ローランジェ氏

 

――学ぶことは、水産物を取り巻く問題の解決に、どのようにつながるのでしょう?

水産物に関する問題について学んだ学生が社会に出て、レストランなどで働くようになる頃、学びが真価を発揮します。例えば、料理に使う水産物を選ぶ際、魚が規定以上のサイズまで育っているか、絶滅危惧種ではないか、といった視点をもつことができます。

また、同じレストランで働く同僚にも、こうした視点や学びを積極的に共有することが大切です。「この種類の魚は絶滅の危機にあるから、料理に使ってはいけない」と言葉にして伝えることで、周囲にも水産物を取り巻く問題が共有され、やがてレストラン全体がサステナブルな姿勢をもつことができるはずです。そして、料理人には、その責任があるのです。

 

2022年12月に開催された「オリヴィエ・ローランジェ国際料理コンクール」の受賞者らとともに記念撮影

 

――問題について熟知しており、行動を起こすシェフの存在は、食の現場や漁業を健全なものにするきっかけになるのですね。

ええ。そのためにシェフができることは、たくさんあります。

漁業における問題の一つに、目的以外の魚を獲ってしまう「混獲」があります。また、意図せず漁獲された魚は、私たちの口に入ることなく捨てられてしまっているという現状もあります。しかし、食用として馴染みのない魚だって、上質な料理に昇華させることはできる。シェフがこうした魚を料理し、新しい味覚として消費者に提案すれば、無価値だった魚に価値が生まれ、漁業に従事する人の所得も、わずかではありますが増えます。

なお、魚を捨てずに利用することは、海の資源を守ることにもつながります。

例えば、今回の「オリヴィエ・ローランジェ国際料理コンクール」では、クロアナゴを使った料理を提案した学生が優勝しました。クロアナゴは小骨が多く、扱いにくいとされている魚ですが、彼は丸々1匹を見事に活用していました。また、クロアナゴからは良い出汁が出ること、そのおいしさや成分、効能などもプレゼンテーションし、クロアナゴの魅力を伝えてくれました。

 

「オリヴィエ・ローランジェ国際料理コンクール」で優勝した千葉大雅さんの料理。メインの食材としてクロアナゴを使用している

 

新たな食材を発見し、それを料理にして提案することは、シェフの義務の一つ。若いシェフだけでなくトップシェフにも、漁業における問題を学び、未利用魚を積極的に使うなどしてほしいですね。トップシェフが及ぼす影響は計り知れず、彼らの存在が問題を解決するうえでは欠かせません。

 

健全な食材を扱うレストランでないと、生き残れない

――フランスの食におけるトレンドについても、おうかがいできればと思います。フランスでは、上質な料理を提供するだけでなく、環境にも配慮しているレストランが消費者に選ばれているのでしょうか?

環境に配慮しているレストランや、健全な漁業、農業によって得られた食材を扱うレストランを選ぶことが、もはやスタンダードになっています。

ヨーロッパの水産業界にも、低賃金での労働、長時間の強制労働などがあり、乱獲が行われていることは、多くの人が知っています。

知ってしまった以上、そうした状況下で獲られた魚は、喜んで食べられるはずがありません。健全なレストランを選ぶのは、トレンドなどという次元をはるかに超えた、倫理的な選択なのです。フランスでは、環境に配慮し、正しい方法で得られた食材を扱っているレストランでないと、すでに生き残れなくなっています。

ちなみに最近では、料理に使う食材だけでなくワインにも、消費者からの視線が注がれており、大きな変化が起きています。

今では、有名で伝統あるワイナリーが手がけたワインよりも、新進のワイナリーによるオーガニックワインのほうが、消費者にもてはやされるケースが多いです。オーガニックワインは、有機栽培で作られたブドウを原料としており、亜硫酸塩をはじめとする添加物も、通常のワインに比べて少ないのが特徴。そのため、体に優しく、たくさん飲んだ翌日も頭痛がしないといわれています。フランスでは若者の“ワイン離れ”が進んでいましたが、オーガニックワインが流通し、若者にも受け入れられたのを機に、またワイン業界が盛り上がりつつあります。

若者を中心に、働く人や環境、体に優しいものを選ぶ風潮が強まっており、結果、産業のあり方も大きく変わってきているのです。

――食にまつわるサステナビリティは、フランスの社会にかなり浸透しているのですね。その背景には、どのような理由があると考えられるでしょう?

インターネットとSNSが広く普及した結果、多くの人が、水産業や農業における問題や現状を知るようになりました。こうした知識を身につけて考えた末、もう一度、自然と共に、正しい方向へ歩むことを選んだ人が多くいるように思います。

また、食べることは本来、生きるうえでの喜びであり、快楽でもあります。健全な食材でできた料理こそ、真の喜びや快楽につながります。そう考えると、働く人や環境、体に優しいものを選ぶ人が増えてきたのは、ごく自然な流れといえるでしょう。

 

後編では、2022年12月までオリヴィエ・ローランジェ氏が副会長を務めていた、ホテル・レストランによる非営利組織「ルレ・エ・シャトー」の活動内容などをお話いただきます。>>>

 

取材・執筆:緒方佳子
スキューバダイビング専門誌などの編集・ライターとして勤務したのち、フリーランスに転身。現在は、紙媒体とWEB媒体の双方で自然や食、旅行の分野の記事を中心に執筆。