東京湾スズキ漁業改善プロジェクト(FIP)を率いる中型巻き網船船頭、大野さんは日本におけるトレーサビリティーの現状について多くのことを教えて下さいました。数年前の事ですが、大野さんの会社から魚を長年仕入れていた買付人から、あることを確認するために一本の電話がかかってきたそうです。 「御社から最近届いた魚ですが、東京湾の寄生虫が大量発生している地域で獲ったものですか?」 大野さん(写真上)はすぐに、 「いえ、東京湾の他の場所で獲ったものです。」 と答えましたが、それを聞いた買付人は大野さんにお礼を言って電話を切ってしまいました。もちろんここでは書類の提出や追跡調査、第3者による監査は求められませんでした。買付人にとってはこれまでの大野さんの評判と実績があればこの回答で十分だったのです。
この仕組みで違法漁業の魚や汚染魚を効果的にサプライチェーンから排除できるのだろうか?サプライチェーンがより複雑な場合はどうなるか?このような信用に基づく仕組みは当たり前のことなのだろうか??サプライチェーンの抜け穴や弱点はどこなのか?
このような疑問を解消するために、私たちは東京湾スズキ漁業改善プロジェクト(FIP)の一環として日本初のFIPトレーサビリティーの試験的な審査を実施しました。O2チームは漁船上および加工施設で1日ずつ過ごし、現在のトレーサビリティーの状況を直接観察しました。また、国際的なベストプラクティス(最良の慣行や実施例:MSCの加工流通基準など)に基づき質問表およびチェックリストも作成しました。
例えば、漁業に関わる主要なデータ要素(例:漁獲量、漁獲日および漁業地域など)の多くが非公式ながら漁業者の航海日誌を通じてすでに収集されていました。しかし、漁船のID番号や魚種の名前など、集められていない主要データもありました。また、大野さんが関わる小売業者との話の中で、私たちは多くの重要なデータポイントがサプライチェーン内で共有されていないことが分かりました(図を参照のこと)。
課題としては、いくつかの限定的な情報がどこにでもある発泡スチロール製の容器上に表示されている以外は、標準化された統一的な記録体制が整っていないということ。このような情報が効率的にサプライチェーンに行き渡ることは現段階では無いようです。また加工時や輸送時、さらに下流のサプライチェーンの中で製品が混ざることを防止する体制もないように思われます。大野さんの会社(海光物産)では過去のある時点までは電子航海日誌や個々の魚に対する追跡システムを活用していましたが、パソコンのソフトウェアが古くなったので使えなくなり、追跡業務がとても面倒になってしまったことを大野さんは率直に話してくださいました。
まず、日本のトレーサビリティー制度のほとんどが書面中心で標準化されておらず、信頼関係がものをいいます。次に各地域に独自の体制があり、漁業や漁協によって大きく異なります。さらに行政により最低限の義務が規定されているものの、通常は買付人からトレーサビリティーに関する要請はありません。